西京極遺跡・平安京右京五条四坊六町跡 現地説明会資料

平成20年(2008年)3月8日(土)
財団法人京都市埋蔵文化財研究所

※このページの文、図は、すべて当日配布の現説資料からの転載です。
写真はサイト管理者湯川が撮影したものです。

調査期間 2008 年1月21 日~3月14 日(予定)
調査面積 約370 m2
調査地 京都市右京区西院安塚町

はじめに

今回の調査地は、弥生時代から奈良時代にかけての集落があった西京極遺跡の範囲にあたります。また、平安時代には、平安京に組み込まれ、右京五条四坊六町の一部となります。

近年、西京極遺跡内では発掘調査が相次ぎ、様々なことがわかってきました。弥生時代の遺構としては、たくさんの竪穴住居や方形周溝墓が見つかっています。そこからは石器やガラス玉も出土しています。さらに古墳時代にもたくさんの竪穴住居や掘立柱建物が見つかっていることから、長い期間にわたって、かなり大きな集落であったことがわかってきました。また、奈良時代には大型の建物跡が見つかっており、地域の役所があった可能性も考えられています。

今回の調査でみつかったもの

弥生時代後期から古墳時代にかけての竪穴住居が、折り重なってたくさん見つかりました。狭い面積ながら、合計17 棟(弥生時代:14 棟・古墳時代3棟)も確認できました。弥生時代の竪穴住居からは、白い粘土の固まりが多く出土しました(住居5・6・7・10)。また、住居5は、床の一部に盛土を行い、家の内部を区切っていることがわかりました。他には、溝や土坑(大きな穴)も見つかっています。古墳時代のものとしては、溝や掘立柱建物が見つかっています。今回の調査では、奈良・平安時代のものはほとんど見つかりませんでした。

今回の調査でわかったこと

  • 折り重なって竪穴住居があることから、限られた場所に長い間住み続けていたと考えられます。
  • 白い粘土がたくさん見つかったことは、住居内で土器を作っていたと考えられます。
  • 弥生時代の竪穴住居には大型(径8m)のものがあります。

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調査位置図
調査位置図

古墳時代全景(北より)
古墳時代全景(北より)

弥生時代主要遺構平面図
弥生時代主要遺構平面図

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古墳時代主要遺構平面図
古墳時代主要遺構平面図

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