平城宮跡東院地区西北部の発掘調査一平城第446次調査一

平城宮には、東に東西250m、南北750mの張り出し部があり、その南半350mの範囲を東院地区と呼んでいる。東院地区には奈良時代を通じて、皇太子の居所の東宮や天皇の宮殿がおかれ、儀式や宴会に利用されていたことが『続日本紀』などの文献により知られている。孝謙天皇の時代の767年4月に完成した東院玉殿や、光仁天皇の時代の773年2月に完成した楊梅宮はこの東院地区にあったと考えられている。

東院地区ではこれまで南半部を中心とした発掘調査が行われており、復元整備された東院庭園のほか、多くの掘立柱建物が検出されて、それらが頻繁に建て替えられていたことが判明している。しかし東院全体の建物配置などの詳しい構造はまだ分かっていない。

このため奈良文化財研究所では2006年度から5カ年計画で東院地区の性格を解明するために重点的な発掘調査を行っている。2006〜2008年度には東院中枢部の調査を行い、中枢部の西南を区画する施設を検出した。これにより主要施設が423次調査区の東側の一段高い位置にあることが推定された。引き続き東院中枢部周辺を広く調査する目的から、2009年度には東院中枢からみて北西に当たる範囲を発掘調査することになった。調査面積は1505m²で、調査は2009年10月1日から開始して現在も維続中である。

第1図　奈良時代後半の平城宮と第446次調査区の位置

井上和人『日本古代都城制の研究』（吉川弘文館、2008年）図12を改変

第2図　第446次調査区と近隣調査区

今回の調査では建物11棟（建物5以外は掘立柱建物）、掘立柱塀7条、溝5条、不明遺構1基を検出した。遺構の概要について、以下に時期別に述べる。

第3図　第446次調査遺構全体図（縮尺1／125）

1期（水色）

建物1〜2、塀1〜2、溝1、不明遺構1からなる時期。塀1と塀2は約15m（50尺）の距離を隔てて東西に延び、その間は通路となっている。建物1は不明遺構1を取り込み、塀1に直接取り付く。建物2は建物SB18756の北妻と柱筋を同じくする。

建物1

東西3間、南北4間以上の総柱建物。柱間は3m（10尺）。柱掘形は釣1m四方。不明遺構1周辺の柱穴は浅い。

建物2

東西12間以上、南北1間の建物。東西方向の回廊の可能性もある。柱間3m（10尺）。柱掘形は北の側柱と南の側柱の西の4穴は約1m四方で、それ以外は約0.4〜0.7mと小さい。東端が建物SB18756（423次調査で確認された南北11間、東西2間の総柱建物）の北妻に取り付く。

塀1

東西塀。柱間3m（10尺）。柱掘形は約1m四方。今回調査区では6間分検出した。西の調査区外に続き、東端は建物1に取り付く。

塀2

東西塀。柱間3m（10尺）。柱掘形は約1m四方。今回調査区では5間分検出した。東の調査区外へ続く。

溝1

不明遺構1の南から始まり、西へ排水する素掘りの排水溝。幅は釣0.5mで、深さは西ほど深くなり最も深い個所で0.5m以上ある。塀1の南の雨落溝を兼ねる。約23m分検出した。

不明遺構1

南北4.8m、東西2.9mの楕円形の掘形の北半に、約2m四方の抜き取りをもつ遺構。抜き取りの範囲は水の影響を受けた粘土と砂礫で充填されている。井戸の可能性も考えられる。

2期（赤色）

建物3からなる時期。調査区北側ではこの時期の遺構は検出していない。

建物3

東西9間、南北4間の総柱建物。柱間は3m（10尺）。柱掘形は約1.2m四方。381次調査で確認されていた遺構が北へ3間分延び、総柱建物となることが分かった。

3期（緑色）

建物4からなる時期。調査区南側では遺構は検出していない。

建物4

東西5間、南北4間の総柱四面庇付建物。柱掘形は約1m四方。中央の東西3間南北2間を身舎とした四面庇付建物と考えられる。身舎柱間は2−7m（9尺）。外周1間までの柱間は3m（10尺）。身舎中央の2穴は床束と考えられる。

4期（紫色）

建物5〜7と塀3、溝2からなる時期。東西方向の塀3を挟んで北に建物5と建物6が、南に建物7が配置される。建物5の南の妻と建物6の南の側柱筋を揃える。建物7は381次調査の建物SB18755と一体となる可能性が高い。

建物5

東西2間、南北5間以上の建物。柱間は東西3m（10尺）、南北3m（10尺）。柱掘形は1.2〜1.8m四方。東に南北溝（溝2）を伴う。掘形が大きいことと、また根石と考えられる石を検出していることから礎石建物の可能性もある。

建物6

東西5間以上、南北2間の東西棟建物。東は調査区外にのびる。柱間は3m（10尺）。柱掘形は約0.9m四方。

建物7

東西10間以上、南北2間の南北棟建物。381次調査で検出した建物SB18755（東西2間、南北7間）と一連の建物の可能性がある。柱間は3m（10尺）。柱掘形は釣0.9m四方。

塀3

東西塀。今回調査区でほ13間分検出した。柱間は、東7間分は3m（10尺）だか、西8間分は2.7m〜3.6m（9〜12尺）と不規則。柱掘形は約1〜1.2m四方。

溝2

建物5の東側柱列から1.5m（5尺）離れて南北に通る南北溝。幅は0.2〜0.5m、深さは0.05〜0.1m。約11m分検出した。

5期（黄緑）

建物8からなる時期。

建物8

東西6間、南北2間以上の総柱建物。柱間は3m（10尺）。柱掘形は約1〜1.2m。
381次調査で検出した総柱建物SB18770（東西6間、南北6間）と柱筋が揃い、南北に約28m隔てて東西方向に同一の幅で建てられている。

6期（桃色）

建物9〜10、塀4〜7、溝3からなる時期。塀4・5と塀6の間の15m（50尺）の空閑地が東西方向の通路となっている。通路の中軸は、22次調査で検出した基壇を伴う門SB3116の中軸と一致する。この通路は調査区東端で南北に開く。

建物9

東西3間以上、南北2間以上の総柱建物。調査区外の北と西に展開する可能性がある。柱間は3m（10尺）。柱掘形は約1m四方。

建物10

東西3間、南北2間の建物。柱間は東西が3m（10尺）、南北が北から順に2.4m（8尺）、3m（10尺）。

塀4

東西塀。柱間は3m（10尺）。柱掘形は約0.9m四方。今回調査区では6間分検出した。西の調査区外の門SB3116まで延びる。東端は建物10と接続する。

塀5

東西塀。柱間は3m（10尺）。柱掘形は約0.9m四方。今回調査区では3間分検出した。東端は塀5に接続する。

塀6

東西塀。今回調査区では12間分検出した。西の調査区外の門SB3116まで延びる。柱間は3m（10尺）。柱掘形は約0.9m四方。塀4と15m（50尺）隔てて並走しており、その間は通路となる。381次調査で検出した南北塀SA17817と接続する。

塀7

南北塀。今回調査区では5間分検出した。北の調査区外へ延びる。柱間は3m（10尺き。柱掘形は約0.9m四方。南端は塀4と接続する。

溝3

東西溝0.6〜1m。深さ0.2〜0.3m。塀6の雨落溝。約24m分検出した。

その他の遺構（時期不詳）

建物11

東西4間以上、南北2間の建物。柱間は2.4m（8尺）。柱掘形は0.6〜0.8m四方。東の調査区外へ延びる。

塀8

東西塀。4間分検出した。柱間は2.4m（8尺）。柱掘形は約0.9m四方。北の調査区外に展開する建物の可能性もある。

溝4

東西溝。幅0.7m。深さ0.3m。約34m分検出した。5期の可能性もある。

溝5

東西溝。塙0.2〜0.9m。深さ0.2〜0.3m。釣22m分検出した。5期の可能性もある。

遺物は土器・瓦・鉄釘などが出土したが、全体量は少ない。

周辺調査の成果をふまえて、今回調査区の遺構を検討すると、次のような変遷を想定できる。

1期

塀1・2と建物2による幅15m（50尺）の東西方向の通路の北に、不明遺構1を取り込む建物1とそれに伴う溝1が作られる。奈良時代前半。

2期

調査区南側から南の調査区外にかけて大型の総柱建物（建物3）が建てられる。これまで東院西北部ではこの時期の大規模な総柱建物はみつかっていなかった。平城遷都（745年）後まもなくのころ。

3期

調査区北西に総柱建物（建物4）が建てられる。およそ孝謙天皇（749〜758年）のころ。

4期

調査区中央やや南寄りに東西塀（塀3）が設置され、その南北に建物が建てられる。総柱建物群が建てられていた2、3期とは全く異なる土地利用となる。

5期

調査区北側に、総柱建物が建てられる。これは今回調査区の南側の381次調査で検出した3棟の大型総柱建物と中軸線を共有する。およそ称徳天皇（764〜770年）のころ。

6期

塀4・5と塀6による幅15m（50尺）の東西方向の通路が中心となる。この通路は22次調査で西の調査区外で検出した基壇をもつ門まで延びる。また塀4にとりついて建物10が建てられる。これらは1期と類似する遺構配置となる。通路は調査区東端で南北へ開く。およそ光仁天皇（770〜781年）のころ以降。

以上をまとめると、

1. 東西方向の15m（50尺）の通路が形成される1期と6期、
2. 大規模総柱建物が南北に展開する2、3、5期、
3. 宮殿・官衙的な建物配置がみられる4期、と3種の土地利用パターンがみられ、その変化は断絶的である。

（1）通路と大規模総柱建物

東院中枢部からみると北西に位置する今回の調査区周辺では、西の調査区外では基壇をもつ門を、南の調査区外では大規模な総柱建物群を検出していた。今回調査区では、門に接続する幅15m（50尺）の東西方向の通路を検出し、南の調査区外から引き続き大規模な総柱建物が建てられていたことが分かった。ただし東西方向の通路は1期と6期、大規模建物群は2、3、5期と時期が異なる。また東院西北部では、大規模総柱建物は従来3期から確認されていたが、2期にまでさかのぼることも分かった。

（2）断絶的な土地利用

これまでの東院中枢部の調査では5時期の変遷を確認していたが、今回調査では3期と5期の間に新しく1時期加わり、6時期の変遷を確認した。この新しく加わった4期は、総柱建物群が形成された2、3期の後に宮殿・官衙的な建物配置をとり、その後の5期には再び総柱建物群が形成されることから、前後の土地利用を断絶する時期といえる。

つまり既存の調査において、東院西北部を倉庫空間として理解してきたが、今回調査においては儀式・実務の空間として利用された時期が、その間に挟まることが分かったのである。この変遷の意味を周辺調査の成果から意義づけていくことは今後の課題である。

（3）まとめ

以上をまとめると、東院中枢部からみて北西に位置する今回調査区では、東院中枢部に至る東西通路と、中枢部の西に位置する総柱建物群を検出した。さらにこれら総柱建物群を倉庫空間として理解するならば、東院西北部において初めて儀式・実務の空間として利用された時期が間に挟まることが分かった。その変遷は断絶的であり、6時期にわたって大規模な建物が重複しながら、ダイナミックにプランが変更されて建て替えられていたことが分かった。

721（養老5）	1.23	元正	佐為王ら16人に執務終了後東宮で皇太子（後の聖武天皇）の教育にあたらせることにした。
728（神亀5）	8.23	聖武	東宮に天皇が出御し、皇太子の病気平癒を祈り諸陵への奉幣を行った。
752（天平勝宝4）	4.8	孝謙	東大寺大仏開眼供養会への行幸にあたり、大納言巨勢奈弓麻呂と中納言多治比広足を東宮の留守官、中納言紀麻呂を西宮の留守官に任じた（『東大寺要録』供養章）。
	4.9		東大寺大仏開眼供養終了後、天皇は東宮に帰った（『東大寺要録』。『続日本紀』は田村第に帰ったとする）。
754（天平勝宝6）	1.7		東院に天皇が出御し、五位以上の役人と宴会（後の白馬（あおうま）の節会に相当）を催した（『万葉集』430l番の題詞では、東常宮の南大殿とする）。
765（天平神護1）	1.7	称徳	高麗福信が造宮卿に任じられた（『公卿補任』）。
767（神護景雲1）	1.18		東院に天皇が出御し、諸王など5l人の叙位を行った。
	2.14		東院に天皇が行幸し、出雲国造の神賀詞奏上の儀式を行った。
	4.14		東院の玉殿が完成し、役人がみなお祝いに集った。瑠璃の瓦（緑釉や三彩の瓦）を葺き美しく彩色した建物で、玉宮と呼ばれた。
	12.9		従五位下多治比長野を造東内次官に任じた。
768（神護景雲2）	7.17		修理職の長官・次官を任じた。この頃（768〜770）、石上宅嗣が造東内長官としてみえる（西大寺旧境内出土木簡（奈良市教育委員会調査））。
769（神護景雲3）	1.8		東内に天皇が出御し、吉祥天悔過の法要を行った。
	1.17		東院に天皇が出御し、侍臣と宴会（後の踏歌の節会に相当）を催し、また、朝堂において主典以上の役人と陸奥の蝦夷の宴会を催した。
770（宝亀1）	1.8		東院において次侍従以上の役人の宴会を催した。
772（宝亀3）	12.23	光仁	彗星が現れたので、100人の僧侶を読んで楊梅宮において宴会を行った。
773（宝亀4）	2.27		楊梅宮が完成した（高麗福信が造宮職として造営を担当）。この日、天皇は楊梅宮に移った。
774（宝亀5）	1.16		楊梅宮において五位以上の役人と宴会（後の踏歌節会に相当）を催した。また、朝堂において出羽の蝦夷の俘囚の宴会を催した。
775（宝亀6）	1.7		楊梅宮の後安殿（安殿か）において宴会（後の白馬の節会に相当）を催した。（『官曹事類』逸文など）。
777（宝亀8）	6.18		楊梅宮の南の池に一本の茎に二つの花のある蓮が咲いた。
	9.18		かつて藤原恵美押勝（藤原仲麻呂）は楊梅宮の南に邸宅を建てた。東西の楼や槍状の南文などを内裏を遠望できる建物を建てたので、人々の顰蹙をかった（藤原良継の薨伝にみえる）。

（特記したもの以外は、『続日本紀』による）

１

［造東ヵ］

• □□内司運蒭一百　　出小子門
• 　　十月廿八日□　　　小野滋野

（『平城宮木簡』3、3006号。小子門付近の東一坊大路西側側溝SD4951出土）

２

• 　　　　　靭負筏麻呂
  　東内官守　桑□
  　　「家式」桑
  
• 合五人　　　　五月
  　　　「五百
  　　　　桑原□□□」

　（『平城宮発掘調査出土木簡概報』15。宮南面西門付近の二乗大路側溝SD1250出土）

※　東宮、東院、東内は、奈良時代を通じて平城宮東張り出し部南半にあり、皇太子がいる時はその居所「東宮」として、いない時は内裏に準ずる天皇の居所「東宮」「東院」「東内」として利用され、宝亀年間には「楊梅宮」に改造されたと考えられる。