今回の調査は、京都第二外環状道路建設に先立って実施しました。調査地は、乙訓郡大山崎町字円明寺小字松田に所在し、長岡京跡の南端部および松田遺跡にあたります。松田遺跡は、小泉川によって形成された扇状地に広がる、縄文時代から中世にかけての集落跡です。
今までの調査では、右京第933次調査(第2図)において、古墳時代後期の竪穴式住居跡群と中世の遺構が確認されました。また右京第971・974次調査では、古墳時代後期の竪穴式住居跡が3基見つかっています。このことから今回の調査地には、古墳時代と中世の2時期の遺構が存在すると考えられました。
第1図 調査地位置図(国土地理院1/25,000 京都西南部・淀)
調査の結果、Aトレンチ(北側)では、小泉川の旧流路を検出しました。
Bトレンチ(南側)では、旧河道に伴う堆積土の上層に安定した面が認められ、掘立柱(ほったてばしら)建物跡(たてものあと)3棟のほか、柵列・井戸・土坑などを検出しました。また各遺構からは土師器(はじき)皿・瓦器椀(がきわん)・白磁(はくじ)などが出土しました。
第2図 調査地ならぴにトレンチ周辺主要遺構配置図
掘立柱建物跡3棟・柵列(さくれつ)1条・井戸2基・土坑3基・配石遺構(はいせきいこう)1基などを検出しました。
今回の調査で多量の土師器皿・瓦器椀と青磁(せいじ)や白磁、銅製品が出土しました。これらの遺物の時期は、13世紀〜14世紀代です。なお白磁梢合子蓋(ごうすふた)は13世紀代の土器類とともに溝SD70から出土しましたが、12世紀代に中国で生産されたもので伝世品と考えられます。また、包含層から、銅製の水滴(すいてき)が出土しました。
調査地付近は、今回検出した遺構から、13〜14世紀の集落の一部であったと考えられます。遺物の中に中国製の青磁や白磁など、当時としては貴重な器もあり、有力者の屋敷地であった可能性が高いと考えられます。また、甕などの貯蔵容器が出土していない点も、この調査地の特徴です。
|ページ先頭に戻る|