榊差(さかきざし)遺跡発掘調査 現地説明会

開催日
2018年(平成30年)5月26日(土)
調査機関
草津市教育委員会文化財保護課

榊差遺跡発掘調査 資料

2018年5月26日

【調査概要】

調査地点 草津市野路町
調査面積 約430 m2 (平成29年度全体対象面積: 11, 356 m2
調査原因 南草津プリムタウン土地区画事業

【榊差遺跡について】

草津市の南部にあり、瀬田丘陵の先端部付近に位置しています。榊差遺跡の南西には、白鳳はくほう時代に建立されてたとされる笠寺廃寺かさでらはいじが所在しています。榊差遺跡のこれまでの調査では、飛鳥時代~平安時代の集落・古代の道路状遺構などが確認されています。

遺跡分布図

【調査成果】

鋳造遺構検出地点の北西側には湿地状の低地が広がるため、水気を嫌う鋳造遺構は、低地を避け高所に作られています。また、東側の溝状遺構と西側の鋳造生産を行う時に出る鉄くず(鉄滓てっさい)などが捨てられた不定形の土坑どこう(くぼみ)に分けることができます。

航空写真

<構状遺構>

  • 検出された鋳造遺構の北東部分で確認されました。
  • 溝の一部に鉄滓などがまとめて廃棄されていました。
  • 溝の中から奈良時代前半の土器が出土しました。

<土坑>

  • 鋳型いがた、鉄滓、炉壁ろへき羽口はぐち、木炭片など鋳造関連遺物が廃棄された土坑が確認されました。
  • 土坑の中から奈良時代前半の土器が出土しました。
  • 国内最古の獣脚の鋳型が出土しました。

【まとめ】

近江は、古代から交通の要衝で、近江おうみ大津宮おおつのみや遷都せんと前後から奈良時代にかけての製鉄・製陶などの生産遺跡が多く作られ(瀬田丘陵生産遺跡群)、豊かな生産力を持っていました。

市内では榊差遺跡の他にも、梵鐘ほんしょう鋳造を行っていた木瓜原ぽけわら遺跡(野路東)を初めとして、西海道遺跡(南笠町)、矢倉口やぐらぐち遺跡(東矢倉)、岡田おかだ追分おいわけ遺跡(追分)など飛鳥時代末から平安時代にかけての鋳物生産を行っていた遺跡が所在します。これらの遺跡は、木瓜原遺跡を除いて、古代の東山道沿いに所在しています。

このように、鋳物生産を行っていた遺跡が集中する地域は、全国的に見ても珍しいと言えます。これらの遺跡で作られた製品は、近隣の官街かんが(役所)や寺院に供給されていた可能性も想定されることから、古代の湖南地域の金属器生産の状況を知るうえで重要な成果と言えるでしょう。

真上からの航空写真

炉壁ろへき

ガラス状の遺物

鋳造を行う時に、鉄などの金属を溶かすための炉を作ります。炉は粘土などで作りますが、金属を溶かす時に熱を受け、土の中のケイ素との反応などにより、内面がガラス化します。

炉は、使用後取り壊されるため、壁が破片として出土することがほとんどです。

獣脚じゅうきゃく鋳型いがた

完成品イメージ図と出土した獣脚鋳型

獣脚は、羽釜や鍋につく脚で、本体と接合される部分に獣の顔が、先端部に獣の爪先が表現されるものが多く認められます。

出土した鋳型は、獣の爪先が2 段に表現されていましたが、獣の顔の部分は確認できませんでした。

羽口はぐち

羽口の写真

羽口とは、炉に空気を送るための送風管の先につくものです。出土した羽口は、凸面がガラス化しているため、炉の内部で使用されたものであることが分かります。

直径が約18 cm あり、大型の炉に用いられたと考えることができます。

鋳型いがた

鋳型の写真

鉄などの金属製品を作るための型のことです。型は粘土で作られており、外型と内型(中子)の2種類があります。

完成品を取り出すときに壊すためそのままの状態で出土することはほとんどありません。

写真中央の円形の部分が内型です。黒い部分は、土が熱により変質したものか、製品をはがれやすくするための加工の可能性が考えられます。

外型部分は確認できませんでした。

鋳造作業工程イメージ

必要な鋳型を作る→溶かした金属を鋳型に流し込む→冷却する→型を壊して製品を取り出す→湯口部分の不要な金属を取り除く→完成イメージ

遺構の写真

画像を拡大表示した後は、キーボードの左右矢印キーで画像を切り替えられます。

OLYMPUS E-M1 + M.ZUIKO DIGITAL ED 12-50mm F3.5-6.3 EZで撮影

展示遺物の写真

OLYMPUS E-M1 + M.ZUIKO DIGITAL ED 12-50mm F3.5-6.3 EZで撮影