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岩屋遺跡

はじめに/岩屋遺跡の時代と周辺の遺跡岩屋遺跡E地区 主な遺構自然流路SR203と3ケ所の堰/堰1と用水路

※下記の文、写真、図は、すべて当日の配付資料からの引用です。

現地説明会資料
平成15年12月21日
兵庫県教育委員会
埋蔵文化財調査事務所

堰1と用水路

堰1と用水路写真はじめに

 兵庫県教育委員会では、伊丹市森本・岩屋地区で伊丹市の進める大阪国際空港周辺伊丹緑地整備事業に先立ち3ケ所の遺跡の発掘調査を行ってきました。その中でも特に岩屋遺跡E地区で大きな成果が出ましたので皆さんにお知らせします。

岩屋遺跡の時代と周辺の遺跡

 今回の岩屋遺跡の調査では、弥生時代前期(今から約2300〜2400年前)の灌漑施設(井堰・用水路)が発掘されました。

 周辺で最も古い遺跡は、大阪空港の下(大阪空港遺跡A地点)から今から約5000年前(縄文時代中期)の土器が発見されています。また、岩屋遺跡の南西700mにある口酒井遺跡は縄文時代の終わり頃の人々が稲作技術を持った人々と出会った頃の代表的な遺跡です。

 岩屋遺跡では川の中から弥生時代の初め頃(弥生時代前期)の土器が出土しています。ほぼ同じ頃か少し後には、南1キロ離れた場所にある有名な田能遺跡や南西1キロの豊中市勝部遺跡、北西1キロの大阪空港遺跡B地点でムラが作られています。田能遺跡は弥生時代を通じて人が住んでいたようですが、ムラとお墓がセットになって発見されている遺跡です。弥生時代のお墓では、田能遺跡のすぐ西側の原田西遺跡や豊中市勝部遺跡、大阪空港の北側にある宮の前遺跡などで四角い溝に囲まれたお墓(方形周溝墓)が発見されています。また、大阪空港北東端の中村遺跡や豊中市の阪急同町駅の東側にある原田遺跡で古い型式の銅鐸(弥生時代中期)が出土しています。

はじめに/岩屋遺跡の時代と周辺の遺跡岩屋遺跡E地区 主な遺構自然流路SR203と3ケ所の堰/堰1と用水路

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